記憶の彼方とその果てに

記憶の彼方とその果てに《53.過 信》

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王子は主寝室を使うに際し、今回アーリア嬢の第二侍女として乳母であったファンネを登用したと言っても過言では無い。
勿論アーリアの侍女の怪我もその要因の一つではあるが、状況がどのように傾こうとも全てにおいて秘密を知っている乳母に任せるのが最終的に一番安心できると思っていたからだ。
故に今主寝室の世話を任せているのはファンネだ。
ファンネは過去におけるラルとしての自分のリアに対する想い入れも、現在においてアーリアに寄せる想いも全て理解してくれている。
この7日間、自分が主寝室に通う旨も告げてあった。
今日の出来事も既にファンネには分かっているに違いなかった。
部屋には明らかに自分たちが夫婦としての一夜を過ごした痕跡が残されている筈だから・・・・。

朝食の給仕をする傍らのファンネをこっそり呼び止めた。

「アーリアの体調を気遣ってやってくれ・・・・。無理そうならばお妃教育も休ませてやる事も視野に入れて・・・・」

乳母は、言い難そうにそう告げる自分に優しくにっこり微笑んでくれた。

「大丈夫ですよ。全て心得ておりますから」

本当ならば、正式に王子としての身分であればアーリアにこのような無理をさせる必要は無かった筈だ。
誰に気兼ねする事も無く二人で微睡みの中で愛を交わし合い、朝議に少し遅れようと冷やかされる事はあっても咎められる事も無いだろう。
アーリアとて無理に起きる事無く、ベッドの中でゆっくり過ごそうと誰に咎められる事も無かった筈だ。
だが仮初の一夜しか与えられぬ我らの身にはそれは許されない。
申し訳ない想いで、食卓を囲む王子姿のマジミールの傍らのアーリアの姿を見つめた。

「マジミールもここは私に任せて食事をお済ませなさい。今日は朝から視察にお供するのでしょう?」

「いえ、しかし・・・・」

ファンネが気遣い声をかけてくれたがとてもこの場から足を他所に向ける気にはなれなかった。

「構わないよマジミール。ここはファンネで事足りるから。それにそんなに見つめられてはアーリア嬢も食事が喉に通らないようだ」

「い、いえ。そのような事は・・・・」

マジミールの姿を気にしつつ少し頬を染めながら時折目を向けているアーリア嬢と、その姿を見て思わず照れ隠しに顔を背ける事が精一杯の自分に対し、王子姿のマジミールに茶々を入れられた。

「9時には出立するのだろう? 急がなければ置いて行くぞ」

時計を見て慌てた。

「そうですね。では、そうさせて頂きます・・・・」

普段ならば時間の感覚を失う事など有ろうはずもない失態だった。
元より今まで朝食は王子の部屋でマジミールと二人して囲んでいた。
部屋まで食事か運ばれると、後は全てマジミールが抜かりなく準備も整えてくれていた為、そう言う細かい時間的観念が無かったのも事実だが、感覚的にこうも臆されるとは想像すらしていなかった。
アーリアが傍に居るだけで部屋の空気すら変わる気がする。
ここまで自分が翻弄されようとは思っても見なかった。
アーリアが居ると言うだけで、食事ごときでこのように振り回されてしまう己の状況に最早壊滅的なダメージすら感じて来る。
不味い・・・・。このままでは絶対に不味い・・・・。

それに例え自分がどれ程忍耐強くアーリアから視線を逸らせたとしても、アーリアから向けられる甘やかな視線の矛先が婚約者である王子ではなく従者マジミール姿の自分であると言うのはかなり危機的状況だ。
どうしたものかと考えながら扉を閉めようとすれば、乳母からキツイ一言を告げられた。

「このままの状態では貴方様の居る場所に今後アーリア様をお連れする事は出来ません。直ぐに不審に思う者が現れてしまいます」

アーリアに関してのみの問題であって、自分は大丈夫だ。平素のままでいられると思った事がそもそもの間違いだったのだ。
情を交わし合えば、心が少しは落ち着くのではと思っていた浅はかな己の考えを酷く恥じた。
平素で等いられない。目を向けただけで愛おしさが溢れて来る。
目を背けるだけで精一杯だ。
今後、極力アーリアを視界にいれないようにしようと心掛けてもこの問題はそれだけでは解決しない。

「お前が正しかった。認めるよ、ファンネ・・・・」

口にした言葉に、乳母は深いため息をついた。

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