記憶の彼方とその果てに

記憶の彼方とその果てに -第3章-《10.嘗 て》

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どの様に不自然と思う状況が有ろうとも王子を信じ切れる度量がなければ、王太子妃などはっきり言って務まらない。
その様な者を妃として迎えれば王子に多大な負担を強いる事になる事は目に見えている。それにアーリア様とて覚悟も無いまま嫁ぐ事となれば何れ精神に異常を来し、心が壊れてしまうかもしれない―――。

嘗て、この国において悲しい事件があった。
その方は退王様の母君であられる当時の王妃様だった。
幼馴染の娘を妃にと周囲の反対を押し切り認めさせた国王ラウドネラは、その寵愛を王妃唯一人に傾け通例である側妃を持とうとしなかった最初の王だった。
一人の妃では安心できないと不満を漏らす重鎮等を他所に婚姻の翌年には跡継ぎの王子である現退王様も誕生し周囲を安堵させ仲睦まじくとても幸せそうだったと言う。
だが婚姻から余年後の事だった。助けた小国から友好の証にと王女を突然差し出される事になったのだ。
勿論国王は望んでいなかったが、重鎮等の勝手な判断である日突然他国の王女を送り込まれて来たのだ。来た者を無下にも出来ず、だが側妃と言う立場に据える事もはばかられ、ならば送られて来た王女を正妃として迎えようと言う案が持ち上がってしまったのだ。
それを国王は断固として受け入れようとはせず、妻に何も心配することは無いと念を押し、内密にある話を進めた。
だが、度々耳にする周囲の心ない噂話に心を痛め日に日にやつれて行った王妃はある日庭先でばったり会った愛くるしい成人したばかりのその若々しく美しい王女の姿を見て、平常心では居られなくなってしまった。
更なる不安に苛まれ、その夜咄嗟に自室の窓から飛び降り自らその命を絶ってしまったのだ。
実は王は内密にその王女と従弟である侯爵との縁談を進めており、それを期に城内に蔓延る王妃の降格を企む者達を一掃しようと動いていたのだ。
王女を娶った侯爵には新宰相の地位まで用意し、二人の仲も順調だった。
何の問題も無く事は進んでいたのだ。
だのに愛するが故に王妃は最後まで王を信じきれず、不安に苛まれ、思い詰めた揚句に起きた悲劇だった。
現在の情勢から言って同じような事が起きる事はおそらく無いだろうが、今後何らかの思惑を持った者が現れなといも限らない。故に本当の意味で心の底から相手を信じきれなければアーリア様も不幸が待ち受けているかもしれないのだ。

「感情に流されている内は盲目となり周囲が見えなくなるものです。愛情が深すぎて不幸を招く事だってあるのですよ」

この事件は当時あまりにも衝撃的な事として国民にも深い悲しみを齎した。
ファンネはこの話を王子の乳母として城に上がる事が決まった折に祖母から伝え聞いていた。
勿論この悲しい出来事は王子も知っている。
この物言いに、王子は自分が一番何を心配しているのかを瞬時に理解してくれたのか、一瞬にして顔つきが変わった。

今後において何が一番心配かと言えば、王太子妃になると言う心構えも無いまま事に流され続けている今のアーリア様の状況が本当は一番心配なのだ。
お妃教育半ばで従者としての王子と深い仲になってから、本当の意味で王太子妃になる必要は無いと何処かで安堵したかのように、教育は受けてはいるが何処か気が漫ろで抜け落ちているような所がアーリア様には随所に見受けられていた。
政略的な意図が明らかに有り、嫁ぐと決められた者にはお妃になる事がどう言うものであるのかと言う心積りも元来ある為、教育に対する姿勢も半端なく覚悟のようなものが自ずと見受けられるものだと言う。故にこの様な心配はしなくても別の妃を迎えようと何ら問題は無いのだ。だが二人の場合には政略的意図は全く無い。
王子も側妃は娶らぬと決めており、アーリア様も一従者としか思っていないからそのような心構えも無いだろう。故に愛情だけでは無く多くの邪念からも揺るがされる事の無い確固たる強い意志と信頼関係が必要となるのだ。
何事が有ろうと互いを無条件で受け入れ、信じられる心。それがなければとファンネは思っていた。


セイラルはアーリアを抱きしめる腕を緩めると神妙な面持ちで視線を落とした。

「・・・・マジミール・・・・様?」

突如離された温もりが何を意味するのか、アーリアはとても不安そうに見つめていた。

「アーリア・・・・」

言葉を紡ぎ出そうとして、途切れる。
その腕はかすかに震えていた。

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