ずっと心に決めていた

ずっと心に決めていた《165.解 釈》(リレント視点)

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何とか旦那様をお諫めし部屋の中へと導く事に成功したものの、不機嫌さは拭いきれず、私は備え付けされていたティーセットに手を伸ばした。

「少しは休まれませんと。お若いとはいえ、その様に目の下に影をつくった状態では、前男爵様にお会いするのは失礼かと存じます。とにかくマス二エラには到着したのですから今夜はごゆっくりお休みください」

「そんな事ぐらい分かっている! ……ただ私はマリーと一緒にいたかっただけで何も……。それなのにヨハンナの奴がッ」

如何やら、まだ怒り治まらぬご様子で、ぶつぶつと小言を言っていた。

流石に言われるまでも無く、同室になったとて無体な事をなさるおつもりは無かったようだが、ヨハンナ殿の同行が無くとも、私も今宵旦那様とマリエッタ様をご一緒にするつもりはなかった。
10歳まで男ばかりの兄弟の中で育ったから分かるのだが、真面目な者程こう言うものはハマると大変なものらしい……。
ご友人の警務騎士団統帥長パウウェル氏のかつてのお姿のような、王侯貴族の子息に有りがちな浮いた話すら今まで何一つ無く、マリエッタ嬢との不和で一時期俗欲にまみれてしまうのかと思われた時でさえ、見事にご自身でそれを打破された。
あの時は旦那様の事を誇らしく思ったものだった。
仕事面においても多くの信頼を得ており、沈着冷静な態度で政務にも励まれている。
表立ってはそれ以降も何一つ申し分ない旦那様だったのだが、ここに来て最近かつて兄たちが言っていた話が初めて思い出されるようになって来た。

旦那様のような『真面目な者程女にハマったら最後手におえなくなる』と言う話しだ。
今が正にそれを表している状況で、マリエッタ様に対するのがそれだと自負している。
勿論人によって個人差はあるだろが、旦那様のような思い入れの深いタイプはハマってしまったら正しくドツボ状態だと思う……。

先の旦那様はかなりの愛妻家であったと聞く。昨夜、先の奥様との事について執事殿より話を伺ったのだが、先の旦那様も新婚当初においては、それはそれは仲睦まじく、現在の旦那様の状況と符合する面も多々見られたようであった。
今のあのような状況を思えば、さぞ先の奥様もご苦労が絶えなかった事だろうと思われるが、如何やらこの状況も懐妊を期にかなり落ち着かれるようになったようで(逆にかなりの心配性になられたそうなので、それはそれで厄介そうだが……)、如何やら似た者親子のご様子。こうなれば私としては、マリエッタ様の一日も早いご懐妊を望む他ない。
今の状況は傍から見ていても異常とも思える程の執着で、俗世間で謳われている『初めて女を知ったばかりの若い男の自制心と言うものはアテにならない』という言葉を、正しく地で行っているような傾向にあると推察する。
だが旦那様の場合俗に言う、ただ単に女の肉欲に溺れていると言う訳でも無いように思われる。愛しさに歯止めが効かないと言った、正にそんな感じだ。
私とて若い男だ。それなりに女性に対する欲望もある。だが、私は旦那様のように思いを素直に口にできるタイプでは無いし、恋をする時間も余裕も今の私にはない。それに恋をした所で私はモルシェード子爵家へ跡継ぎとして養子に入った身だ。何れ義父母の勧める、おそらく縁者との縁談を受け入れなければならない事は周知だ。
貴族の家は血縁を重んじる事からこう言う私のように跡継ぎとして養子に入った者は、親族間で婚姻を結ぶことが通例とされる節がある。
だから時として恋する女性と相愛となり、激情に身を委ねることのできる旦那様が羨ましいと思われる事もあるが、やはり正直反面教師でありたいと思う。
もしも、想いを寄せる者が現れても、自尊心を失わぬ様に……。

「隣の部屋は静かだな。マリーはもう休んだのだろうか……」

「マリエッタ様もかなりお疲れのご様子でしたからね。紅茶でも飲まれていらっしゃるか、もう既にお休みなのやもしれませんよ」

「そうか……」

やっと少し落ち着かれて来たようだ。

近年の旦那様は、沈着冷静で洗練された頭脳の持ち主と言われ、国務省内においても次期尚書の名をこの年齢で欲しいままにしている。
そんな旦那様がここ何年も帰宅すると食事より何より一番に、ご自身で改良されマリエッタ様を思いつけられたマリエローズと言う名の薔薇の手入れをされている事は主だった邸の者は知っている。
だから話がまとまり正式に発表すれば、邸の者で異論を唱える者はおそらく居ないだろう。
残すは親戚縁者の問題だけなのだが、こちらにしてみても旦那様は抜かりがない。
今回婚約申請依頼書の推薦人をポリゼベーテ伯爵夫人にした経緯は先の通りだが、旦那様の中にはもう一つの思惑もあった。
グラッセ家と縁戚関係にある有力者の家長は現在皆高齢だ。
ポリゼベーテ伯爵夫人が元王室顧問官をしていた事を皆は知っているし、推薦人と言う事は結婚した暁には介添人として常に花嫁の側に居る事も許される。元国王の乳姉弟にして王室顧問官、加えて出はあの公家筆頭ブラウザー公爵家で現公爵のお妹君だ。きっと栄誉な事とするだろう。残す問題は本当に前マニエール男爵の推薦を貰えるか否かだけなのだ。
得られなければマニエール夫人が後押しをしてくれると言ってはくれたが、前男爵はこのマス二エラにおいても現有力者だと言う。祖父であるその者の推薦と奥方では知名度においてかなり異なる。この先、円滑に物事を進めるためにはにその存在は欠かせない。

「カモミールティーです。今夜はこれで旦那様もごゆっくりとお休みください」

「ふっ、気が利くな。良い香りだ」

旦那様は微笑を浮かべると一口飲み込み、大きく息を吐き出した。

「本日の話さえ纏まれば、より良い先行きも見えて参ります。それに、こちらをご覧ください」

私はより旦那様に落ち着いてお休みいただく為に、封書を差し出した。

「これは?」

「先程私が使いの者より受け取りましたものです」

「お前が“駒”と言っていたものか?」

「はい」

「私が開けて大丈夫なのか?」

「もう1通用意して頂きましたので」

「そうか」

旦那様は私から封書を受け取ると中を開いた。

「これはッ!!」

想像道理、かなり驚いておいでのご様子だ。

「必要になる事もあるかと思い、以前依頼しておきました。生家が副業として営んでおります店を、今は三番目の兄が任されておりますので」

「これは確かに“駒”になるな……」

「でしょう?」

お互い目を合わせると含み笑いを浮かべた。
旦那様はとても嬉しそうだ。

「お前のお蔭で今夜はゆっくりと眠れそうだ」

「それは、ようございました」

夜が明ければ、旦那様の大きな運命が一つ決まる。
その事を肝に銘じ、私は今与えられた己の責務を果たす事だけを念頭に置いた。

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~ Comment ~

NoTitle 

まあ、ひいき目なしで。
若気の至りさ!!
(*'▽')

・・・という一言で済むような気がするので。
そこをあたたか~~く見守るか。
あるいは嗜めるか。
どちらにしても、大人の采配でこういうのは好きですね。

LandM様 

今日は。

そですね。完全に若気の至りですね(笑)
とりあえず、アレクは状況を見極め、やる時はきちんとやれる人なので、もうしばらく温かい目で見て頂ければ……。このあと試練も待っている事だし。頑張ってくれますよ。きっと♪
寛大なお言葉、感謝です。

いつもコメント有り難うございます。
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